猫と私の騒がしい日常 〜暴れん坊な愛猫との奮闘記〜

ALT

私の家には、とてつもなく賑やかな猫がいる。その名もミィちゃん。真っ白な毛並みと、まん丸な瞳が特徴の3歳になる雌猫だ。彼女との生活は、まるでジェットコースターのように波乱万丈で、毎日が予測不可能な展開の連続である。

今日も朝から、いつもの騒動が始まった。目覚ましより早く、ミィちゃんの激しい走り回る音で目が覚める。ドタドタドタドタ…まるで小さな象が家の中を暴れているかのような音が響き渡る。私は半ば呆れながらも、慣れっこになった日課として受け止めている。

「もう、朝からなんなのよ…」

ため息をつきながらリビングに向かうと、そこにはありえない光景が広がっていた。昨日きれいに畳んでおいた洗濯物が見事に散らばり、その真ん中でミィちゃんが優雅に毛づくろいをしているではないか。私の視線に気付いたミィちゃんは、何食わぬ顔で「にゃー」と一声鳴いただけだ。この無邪気な表情に怒りたくても怒れない。これが猫という生き物の恐ろしさなのかもしれない。

食事の時間もまた一苦労だ。私が台所に立つと必ずやってくるミィちゃんは、足元でくるくると8の字を描きながら、しきりに私の動きを妨害してくる。包丁を持っているときなど、危なくて仕方がない。それでも彼女は、私の注意など耳に入っていないかのように、執拗に足にすり寄ってくる。

「ねぇ、危ないでしょ!もう少し待っててよ!」

私の言葉も虚しく、キッチンカウンターに飛び乗ったミィちゃんは、今度は調理中の具材に手を伸ばそうとする。思わず大声で叱ると、びっくりしたように走って逃げていく。しかし、その数分後には何事もなかったかのように戻ってきて、同じことを繰り返すのだ。

午後になると、さらに彼女の活動は活発になる。カーテンによじ登り、ソファーの背もたれで綱渡りをし、時には本棚の上から観葉植物に飛び移ろうとする離れ業まで披露する。私は、彼女の華麗なアクロバット芸を呆然と見つめながら、いつか大きな事故になるのではないかと心配になる。

「もう、いい加減にしてよ…」

そう言いながらも、実は私も彼女の予測不可能な行動に、日々の生活の中で楽しみを見出している。仕事で疲れて帰ってきた夜、ソファーでくつろいでいると、突然膝の上に飛び乗ってきて、ゴロゴロと喉を鳴らしながら甘えてくる。そんな瞬間は、昼間の暴れん坊が嘘のように思える。

しかし、その平和な時間もつかの間。突然何かに気付いたように飛び起き、また家中を走り回り始める。私は呆れながらも、そんな彼女の姿を微笑ましく見守る。時には、壁に掛けた時計を見上げて、まるで「こんな時間まで起きてちゃダメよ」と言われているような気分になることもある。

就寝時も騒動は続く。布団に入ろうとすると、必ずシーツの下から急襲してくる。まるで私の足を獲物と勘違いしているかのように、シーツの上から飛びかかってくるのだ。寝返りを打つたびに、布団の上を走り回り、時には私の顔の上に座り込んで、じっと見つめてくる。

「もう寝かせてよ…明日も仕事なんだから」

そう言いながらも、彼女の温かい体温と、規則正しい呼吸を感じていると、不思議と心が落ち着いてくる。やがて、彼女も私の隣で丸くなって眠りにつく。そんな穏やかな夜の時間が、日中の騒動を全て帳消しにしてしまう。

休日になると、彼女の活動はさらにエスカレートする。まるで私の休日を潰すことを使命としているかのように、より一層激しく暴れ回る。本を読もうとすれば、ページの間に割り込んでくる。パソコンで作業をしようとすれば、キーボードの上で寝そべる。掃除機をかけようものなら、まるで天敵と対峙するかのように、背中を丸めて威嚇する姿を見せる。

それでも、彼女がいない生活なんて今では考えられない。たとえ家具に爪痕をつけられ、大切な書類を散らかされ、洗濯物を足蹴にされても、彼女の存在が私の生活に必要不可欠なものになっている。時には呆れ果て、時には呆然と見つめ、時には心底疲れ果てることもある。でも、そんな感情すら、愛おしさに変わっていく。

夜が更けて、また明日がやってくる。きっと明日も、私は彼女の予測不可能な行動に振り回されることだろう。でも、それが私たちの日常なのだ。賑やかで、時には疲れる日常。でも、かけがえのない、愛すべき日常。私は今日も、そんな彼女との生活を幸せに思いながら、眠りにつくのだった。

そうして私たちの騒がしくも愛おしい日々は続いていく。時には呆れ、時には笑い、時には心配になる。でも、これが私たちの幸せな日常なのだ。猫と暮らすということは、こんなにも賑やかで、こんなにも心温まるものなのだと、日々実感している。

コメント

タイトルとURLをコピーしました