私の平穏だった生活が一変したのは、あの日のことだった。玄関先で鳴いていた子猫を家に連れ込んだ瞬間から、私の日常は華麗なる混沌へと姿を変えていった。
最初は小さな体で震えながら、おそるおそる部屋の隅から様子をうかがっていた子猫。その姿があまりにも愛らしく、思わず胸が締め付けられるような気持ちになったものだ。しかし、そんな初々しい様子はわずか数日で一変することになる。
「もう、またやってるの?」
リビングのカーテンによじ登り、てっぺんでバランスを取りながら得意げな表情を浮かべる猫を見上げながら、私は深いため息をつく。どうやらカーテンは、彼女にとって最高の遊び場になってしまったようだ。
「ミャオーン!」
高らかな鳴き声とともに、カーテンを伝って一気に駆け下りると、今度はソファの背もたれを駆け抜け、テーブルの上を華麗にスライディング。私の大切なコーヒーカップが危うく倒れそうになり、思わず身を乗り出して支える。
「ちょっと!危ないでしょ!」
叱責の言葉も空しく、彼女は既に次の冒険へと走り出していた。本棚の隙間に身を潜ませ、何かを狙っているような真剣な眼差し。次の瞬間、本棚の上に飛び乗り、私の大切な写真集がバラバラと床に落ちていく。
呆然と立ち尽くす私の足元で、今度は落ちた本に興味を示し、ページをペロペロと舐め始める。この光景を目の当たりにして、私は思わず頭を抱える。
「まさか、こんなに活発な子だったなんて…」
確かに保護した時から、元気いっぱいな様子は見て取れた。でも、まさかここまでとは。私の予想は完全に裏切られ、静かな生活を送れると思っていた期待は木っ端微塵に砕け散った。
しかし、そんな彼女の騒々しい日常にも、思いがけない癒しの瞬間が存在する。突然の疲労感に襲われたかのように、私の膝の上で丸くなって眠りこける姿。ゴロゴロと喉を鳴らしながら、私の手のひらに頭をすりよせてくる瞬間。そんな時、先ほどまでの暴れん坊が嘘のように、愛らしい天使へと変貌を遂げるのだ。
「もう、何なの?その急な甘えん坊は」
私の呆れた声に、彼女は上目遣いで無邪気な視線を送ってくる。その表情があまりにも純真無垢で、先ほどまでの悪戯を責めることなどできなくなってしまう。
夜になると、また別の顔を見せる。突如として走り出し、部屋中を駆け回る姿は、まるで何かに取り憑かれたかのよう。「夜泣き」という言葉があるが、彼女の場合は「夜走り」と言った方が正確かもしれない。
真夜中、突然の物音で目を覚ますことも日常茶飯事となった。暗闇の中で光る二つの目。そして、次の瞬間には何事もなかったかのように、私のベッドに潜り込んでくる。
「はぁ…明日も早いのに」
寝不足で目が回りそうになりながらも、温かい体温を感じると不思議と心が和む。こんな生活、以前の私では想像もできなかった。
休日の朝。いつもより遅めの目覚めを期待していた矢先、顔の上で感じる生暖かい息遣い。目を開けると、真上から覗き込む猫の顔。
「おはよう…って、まだ6時じゃない」
時計を確認して絶望的な気持ちになる私。しかし、彼女にとって時間など関係ないらしい。朝ごはんの催促なのか、私の顔の周りをぐるぐると歩き回り始める。
「わかったわかった、起きるから」
諦めて布団から這い出すと、嬉しそうに尻尾を立てて台所まで先導してくれる。その姿があまりにも得意げで、思わず笑みがこぼれる。
食事を終えると、今度は窓辺での日光浴タイム。陽の光を浴びながらゴロゴロと気持ちよさそうにしている姿を見ていると、なんだかこちらまで幸せな気分になってくる。しかし、その平和な時間もつかの間。
突如として立ち上がると、また新たな冒険の旅へ。カーテンを揺らし、観葉植物の葉っぱで遊び、時には私の仕事中のパソコンキーボードの上で寝そべる。
「もう、仕事に集中させて!」
私の制止の声も聞こえないのか、あるいは聞こえていても完全に無視。マイペースに好き勝手を続ける彼女を見ていると、時として人生の達人のように思えてくる。
夕暮れ時、窓の外を眺める彼女の横顔に、ふと思いを馳せる。確かに騒がしく、時には迷惑な行動も多い。でも、この子がいることで私の生活はどれだけ豊かになっただろう。
単調だった日々に色とりどりの彩りが加わり、独りの静けさは賑やかな生命力に満ちた空間へと変わった。たとえ部屋が多少散らかっていても、夜更かしで疲れていても、彼女がいるこの生活は、確実に私の人生の宝物となっている。
「まったく、困った子ね」
そう言いながらも、撫でると嬉しそうに体を寄せてくる彼女を見つめる私の顔には、優しい笑みが浮かんでいる。これが私たちの日常。騒がしくも愛おしい、かけがえのない時間なのだ。
寝る前の最後の悪戯が終わり、ようやく私の布団の中で落ち着く彼女。明日もきっと、新しい冒険が始まるのだろう。そう思いながら、私は幸せな疲労感と共に、彼女の寝息を聞きながら眠りについていくのだった。
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