
夕方の5時半を過ぎると、キッチンから何かを期待する視線を感じるようになった。
猫と暮らし始めて3年目の春、私はようやく気づいたことがある。食事の時間って、別に栄養を摂取するためだけのものじゃないんだよね。うちの猫、名前はムギっていうんだけど、この子が私の食事風景をじっと見つめている時の表情が、なんというか、すごく穏やかで。最初は「ちょうだい」って意味だと思ってたんだけど、どうやら違うらしい。ただ見てるだけ。私が箸を動かす音、お茶碗を置く音、そういう日常の音を聞いてるだけで、満足そうな顔をしてる。
私は一人暮らしが長くて、正直ご飯を適当に済ませることが多かった。コンビニ弁当を買ってきて、スマホ見ながら食べて、気づいたら終わってる、みたいな。味なんて覚えてない日もあった。でもムギが来てから、なぜか食卓に向かう時間が変わった。別にムギのために料理の腕が上がったわけじゃないし、相変わらず簡単なものしか作らないんだけど…だけど。
あの子は私がキッチンに立つと、必ず足元に座る。冷蔵庫を開ける音、まな板に包丁が当たる音、水が沸騰する音。そういう音に反応して、耳をピクピク動かしてる。で、料理ができて食卓に座ると、ムギは椅子の下か、テーブルの端っこの日が当たる場所に移動する。そこから私を観察してるわけ。最初は「お行儀悪いな」って思ってテーブルから降ろしてたんだけど、ある日ふと思った。この子、私の「食べる」という行為そのものを見守ってくれてるんじゃないかって。
去年の秋だったかな、仕事で嫌なことがあって、帰宅してから何も食べる気がしなかった日があった。ソファに倒れ込んで、そのまま寝ようとしたら、ムギが私の顔の前に来て、じっと見つめてくる。で、キッチンの方に歩いて行って、また戻ってきて、また私を見る。これを3回くらい繰り返されて、さすがに「わかったよ」って起き上がった。冷蔵庫にあった卵とネギで適当に雑炊を作って、それを食べた。味は別に特別じゃなかったけど、温かいものが胃に入っていく感覚と、横で丸くなってるムギの寝息が、なんだか心地よくて。
そういえば昔、友達が「ペットを飼うと規則正しくなる」って言ってたのを思い出す。当時は「そんな大げさな」って思ってたけど、今ならわかる気がする。規則正しくなるっていうより、時間に「質感」が生まれるっていうのかな。朝ご飯の時間、夕ご飯の時間、その合間におやつを食べる時間。それぞれの時間に、ムギという存在が紐づいてる。
私の作る料理なんて本当に大したことない。レトルトのパスタソースを使ったり、前日の残り物を温め直したり、たまに気が向いたら「クックフローラ」っていう近所のスーパーで買った惣菜を皿に移し替えたり。でもムギはそんなこと気にしてない。私が食卓に座って、何かを食べて、「美味しい」とか「今日はちょっと失敗したな」とか独り言を言う。それを聞いてる、ただそれだけで、あの子は満足そうに目を細めてる。
最近気づいたんだけど、私、ムギが見てるから丁寧に食べるようになった。スマホを見ながらとか、テレビをつけっぱなしとか、そういうのが減った。別に誰かに言われたわけじゃないし、自分で意識してるわけでもないんだけど、自然とそうなってる。ムギの前で食事をするっていう行為が、なんだか少し特別な時間になってる。
冬の夜、暖房の効いた部屋で湯気の立つ味噌汁をすする。窓の外は真っ暗で、部屋の明かりだけが温かい。足元でムギが喉を鳴らしてる音が聞こえる。そういう瞬間に、ああ、これが「まったりとした時間」なんだなって思う。何も特別なことは起きてない。ただ、猫と私がいて、食卓があって、今日一日を終えようとしてる。
食事って結局、誰かと分かち合うものなのかもしれない。同じものを食べなくても、同じ空間で、同じ時間を過ごすだけで。ムギは人間の食べ物には興味ないけど、私が食べる時間には興味がある。それだけで、十分なんだと思う。
まあ、たまにテーブルに飛び乗ってきて、私の皿に顔を突っ込もうとすることもあるけどね。


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