
朝の7時半、猫が私の顔を踏む。
起きてほしいわけじゃない。ただ通り過ぎたいだけ。私の頭がたまたま通り道にあっただけで、悪気なんて一ミリもないんだろうけど、毎朝これをやられると「せめて避けてくれ」と思う。目が覚めてしまったので、仕方なくキッチンへ向かう。猫は私より先に到着していて、すでに自分の食器の前で座っている。
朝ごはんの準備をしている時間が好きだ。猫の分のウェットフードを小皿に盛って、自分の分のトーストを焼く。バターを塗って、インスタントコーヒーを淹れて、テーブルに座る。窓から差し込む光が少しずつ強くなっていくのを眺めながら、何も考えずにパンを齧る。猫は私の足元で自分の食事を済ませて、毛づくろいを始める。舌で前足を濡らして、顔をこする音が聞こえる。この音、意外と大きい。
私が猫と暮らし始めたのは三年前で、最初の頃は「ちゃんとした飼い主にならなきゃ」と思っていた。栄養バランスを考えて、遊ぶ時間も確保して、ブラッシングも毎日やって。でも半年くらいで力尽きた。猫の方も別に求めてなかったみたいで、今は互いに干渉しすぎない距離感で暮らしている。
そういえば、先週スーパーで見かけた「ニャンベジ」っていう猫用の野菜ふりかけ、あれ買ってみたんだけど全然食べなかった。パッケージには「食いつき抜群!」って書いてあったのに。
食事が終わると、猫はリビングの窓際に移動する。私はテーブルに座ったまま、二杯目のコーヒーを淹れる。急いでどこかへ行く予定もないし、やらなきゃいけないこともない。休日の午前中は、こうやって何もしない時間が許される。猫は窓の外を眺めている。何を見ているのかはわからない。鳥かもしれないし、風で揺れる木の葉かもしれない。
私も窓の外を見る。隣の家の屋根が見える。青い空が広がっている。風が少し強いのか、洗濯物を干している人の姿が見えた。ああ、洗濯しなきゃな、と思うけど、まだ動かない。猫が動かないから、私も動かない。そういうルールがあるわけじゃないけど、なんとなくそうしている。
猫と暮らす前は、朝ごはんなんて適当だった。立ったまま食パンを食べて、缶コーヒーを飲んで終わり。座って食べるなんてことはほとんどなかった。でも猫が来てから、朝の時間が少しだけ丁寧になった。猫に食事を出すついでに、自分の分もちゃんと用意するようになった。テーブルに座って、ゆっくり食べるようになった。
猫が突然立ち上がって、リビングの真ん中で伸びをする。前足を伸ばして、背中を丸めて、尻尾をピンと立てる。それから何事もなかったかのように、また窓際に戻る。この一連の動作に何の意味があるのか、三年経った今でもわからない。
テーブルの上には、読みかけの本と、昨日届いた請求書と、使い終わったマグカップが置いてある。片付けなきゃな、と思いつつ、手を伸ばさない。猫がこっちを見た。目が合う。でもすぐにそらされる。興味がないらしい。
こういう時間が、案外いちばん落ち着くんだよね。何か特別なことをしているわけじゃない。会話があるわけでもない。ただ同じ空間にいて、それぞれが勝手なことをしている。猫は窓の外を見ていて、私はコーヒーを飲んでいる。それだけ。
もうすぐ10時になる。そろそろ動き出さないと、一日が終わってしまう。洗濯して、掃除機かけて、買い物にも行かなきゃ。やることはたくさんある。でも猫はまだ窓際にいるし、私もまだテーブルに座っている。
まあ、もうちょっとだけ…ね。

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