
朝ごはんを作ろうとキッチンに立つと、足元にいる。
うちの猫は食事の支度を始めると必ず現れる。別に自分のごはんが欲しいわけじゃない。ただそこにいたいらしい。冷蔵庫を開けると冷気が足元に流れて、猫の耳がぴくっと動く。卵を取り出して、フライパンを火にかける。その一連の音を聞きながら、猫は窓際のカウンターに飛び乗って、外を眺めたり毛づくろいしたり、気ままに過ごしてる。
私が料理をしている時間が好きなんだと思う。
人間の食事と猫の食事って、タイミングが違うことが多い。私が朝ごはんを食べるのは8時過ぎだけど、猫は6時には自動給餌器からカリカリを食べ終わってる。だから一緒に食べるわけじゃないんだけど、なぜか私が台所に立つと寄ってくる。鍋の蓋を開けた時の湯気とか、トーストが焼ける匂いとか、そういうのが好きなのかもしれない。人間の暮らしの音と匂いに、猫なりの安心感を覚えてるんじゃないかって、勝手に思ってる。
そういえば前に友達が「猫飼ってるとキッチンに立つの大変じゃない?」って聞いてきたことがある。足元ウロウロするし、カウンターに乗るし、危なくないのかって。確かに危ない時もあるけど…まあ慣れる。むしろ猫がいない台所のほうが、今では想像できない。
休日の昼下がり、簡単なパスタを茹でる。
窓から差し込む光が床に四角く映って、その真ん中で猫が丸くなってる。お湯が沸くまでの数分間、私はその様子をぼんやり眺めてしまう。麺を投入すると、ぐつぐつという音が部屋に響く。猫は薄目を開けて、こっちをちらっと見て、また目を閉じる。タイマーをセットして、ソースの準備。オリーブオイルとニンニクの香りが広がると、猫が少しだけ鼻をひくつかせた。興味があるのかないのか、微妙なリアクション。
猫と暮らし始めてから、料理の時間が変わった気がする。以前はもっと効率重視で、ささっと作ってささっと食べて、みたいな感じだった。でも今は、ゆっくりになった。猫のペースに合わせてるわけじゃないんだけど、猫がそこにいるだけで、なんとなく時間の流れ方が違う。急ぐ理由がなくなるというか、急いでも仕方ないというか。
夕方、夕食の準備をする時間帯が一番好きかもしれない。外が少しずつ暗くなって、キッチンの照明だけが明るくなる。その光の中で野菜を切ったり、肉を焼いたり。猫は相変わらずカウンターの上で、尻尾をゆらゆらさせながら私の手元を見てる。たまに前足を伸ばして、まな板の端に触れようとする。「だめだよ」って言うと、ふいっとそっぽを向く。でもすぐにまた戻ってくる。
ある時、友人が「猫用のごはんも手作りしてるの?」って聞いてきたことがあった。いや、してない。うちの猫は市販のカリカリとウェットフードで十分満足してるし、私にそんな技術も時間もない。ただ、人間の食事を作る時に猫がそばにいるっていうだけ。それだけで十分、一緒に暮らしてる感じがする。
食後、皿を洗う音が静かに響く。
猫はもうキッチンにはいなくて、リビングのソファで寝てる。さっきまであんなに興味津々だったのに、用が済んだらさっさと移動する。その潔さが猫らしい。シンクに水を流しながら、ふと窓の外を見ると、向かいの家の明かりがついてる。あっちでも誰かが夕食の片付けをしてるのかもしれない。猫がいるかどうかは知らないけど。
猫と私の食事の時間は、厳密には別々だ。でも同じ空間にいる。同じ匂いを嗅いで、同じ音を聞いて、同じ時間を過ごしてる。それが暮らすってことなんだろうなって、最近よく思う。特別なことは何もない。ただ毎日、ごはんを作って、食べて、片付けて。その繰り返しの中に猫がいる。
そういえば、この前スーパーで「キャットグルメ」っていうブランドの猫用おやつを見つけて買ってみたんだけど、全然食べなかった。人間の食事には興味津々なくせに、自分用の特別なやつは無視。贅沢なのか、保守的なのか。
台所の時計が9時を指してる。今日ももう終わりに近づいてる。明日もまた、朝になれば猫が足元に来るんだろう。冷蔵庫を開けて、何かを作り始めると、どこからともなく現れる。それが当たり前になりすぎて、もう猫のいない朝が想像できない。
まあ、それでいいんだと思う。


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