私の平穏な生活は、あの日を境に一変した。玄関先で出会った小さな黒猫を家に連れ込んだ瞬間から、私の日常は騒がしい遊園地と化してしまったのだ。
最初は、可愛らしい瞳で見上げてくる黒猫に心を奪われた。「モモ」と名付けたその子は、まるで天使のように愛らしく、私の心を癒してくれた。しかし、それはほんの数日の幻想に過ぎなかった。モモの本性が現れ始めたのは、家に慣れてきた頃からだった。
朝、目覚めると既に私の寝室はジャングルと化している。カーテンは引きちぎられ、観葉植物は倒され、本棚から本が散乱している。その中心で、得意げな顔をして座っているモモ。私は毎朝、呆れた表情で この惨状を眺めることが日課となっていた。
「モモ、また何してるの…」
そう言いながら片付けを始めると、モモは嬉しそうに私の足元をすり抜け、リビングへと駆け出していく。その姿を見送りながら、深いため息をつく私。しかし、不思議なことに怒る気にはならない。むしろ、この予測不能な行動に、少しずつ魅了されていっているような気がしていた。
昼間も騒動は続く。仕事のためにパソコンに向かっていると、キーボードの上を堂々と歩き回り、画面に映る文字や カーソルを追いかけようとする。真剣に仕事をしようとすればするほど、モモの興味を引くようで、時には画面に前足をペタペタと置いて、私の仕事の邪魔をすることもある。
「もう、集中させて…」
そう言いながらも、その愛くるしい仕草に、つい笑みがこぼれてしまう。仕事の効率は明らかに下がったが、それ以上に心が豊かになっていく感覚があった。
夕方になると、モモの運動量は最高潮に達する。リビングを駆け回り、ソファーから テーブルへ、テーブルから本棚へと、まるでパルクールの選手のように軽々と飛び移っていく。その姿は、まるでサーカスの曲芸師のようだ。私は呆然と、その姿を見つめることしかできない。
「どうしてそんなに元気なの…」
時には、突然走るのを止めて、天井を見上げたまま固まることもある。何を見ているのかと私も見上げてみるが、そこには何もない。そんな不可解な行動に、私は何度も首を傾げた。
夜になっても、モモの活動は続く。就寝準備を始めると、どこからともなく現れて布団に潜り込み、私の足を攻撃目標にする。布団の中で暴れ回るモモに、私は「もう寝る時間だよ」と諭すように言い聞かせるが、その言葉が通じる様子はない。
しかし、不思議なことに、この騒がしい日々に私は徐々に慣れていった。むしろ、この賑やかさが心地よく感じられるようになってきた。休日に友人が訪ねてきた時、「こんなに元気な猫は見たことない」と言われ、私は少し誇らしく感じたほどだ。
モモがいる生活は、確かに予定通りには進まない。整然と並べた物は散らかされ、静かに集中したい時も邪魔される。でも、その代わりに得られたものは、計り知れない価値があった。
毎日の驚きと発見。予期せぬ出来事への対応力。そして何より、純粋な生命力への畏敬の念。モモは、私に新しい視点を与えてくれた。効率や整然さばかりを求めていた私の生活に、もっと大切なものがあることを教えてくれたのだ。
今では、帰宅して玄関を開けると、走って出迎えてくれるモモの姿に心が温かくなる。散らかった部屋を見ても、それは私たちの生活の証として、微笑ましく感じられるようになった。
時には、仕事で疲れて帰った夜、ソファーで くつろいでいると、突然モモが膝の上に飛び乗ってくる。普段は落ち着きのない彼女だが、そんな時だけは不思議と大人しく、私の膝の上で丸くなって眠る。その温もりと、小さな寝息に、一日の疲れが溶けていくような気がする。
モモが教えてくれたのは、生活は必ずしも整然としている必要はないということ。時には混沌とした中にこそ、本当の幸せが隠れているのかもしれない。
最近では、友人に「随分と猫に振り回されているね」と言われることもある。確かにその通りかもしれない。でも、それは決して悪いことではない。むしろ、モモに振り回されることで、私の人生はより豊かになった気がする。
今夜も、私は仕事から帰宅する。きっと玄関を開けた瞬間、モモは走って出迎えてくれるだろう。そして、また新たな騒動が始まるのだろう。でも、それが今の私には幸せな日常なのだ。
この賑やかで、時に理解不能な行動を見せる一匹の猫との生活。それは、私の人生に予想もしていなかった色彩を加えてくれた。そして、これからもきっと、モモは私に新しい発見と驚きを与え続けてくれるだろう。
玄関の鍵を回しながら、今日はどんな騒動が待っているのだろうと、少し期待を込めて考える。そんな気持ちになれること自体が、私の中での大きな変化なのかもしれない。
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