猫たちと過ごす、泡まみれの土曜日

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春先の土曜日、午後の光が斜めに差し込むリビングで、私は猫たちを洗うという一大プロジェクトに取り組んでいた。洗面台の前に立ち、シャワーヘッドを握りしめながら、今日こそはスムーズに終わらせようと心に決める。だが、猫というのは人間の計画など微塵も気にしない生き物である。

最初に捕獲したのは三毛猫のミルクだった。彼女は普段から比較的おとなしいので、洗う順番としては一番手に選んだのだが、お湯の温度を確認している間に、私の腕の中から見事な跳躍で逃げ出した。洗面所の扉は閉めていたはずなのに、なぜか廊下まで逃走している。どうやら私が蛇口をひねった瞬間、足元をすり抜けていったらしい。こうして作戦は開始早々、見直しを余儀なくされる。

次に狙いを定めたのは黒猫のクロだ。彼は体が大きく力も強いが、意外にも水を怖がらない。子どもの頃、祖母の家で飼っていた犬が川遊びを好んでいたことを思い出す。あの犬もクロのように、水に対して妙な親近感を抱いていた。クロは洗面台に乗せられても暴れることなく、じっとこちらを見つめている。その瞳には「これは避けられない運命だ」とでも言いたげな諦めが宿っていた。

シャワーのお湯が背中に当たると、クロの毛がみるみる濡れていく。普段はふわふわと膨らんでいる黒い毛並みが、水を含んで体に張り付き、思いのほか細い体が露わになる。猫用シャンプー「フェリーヌ・スパ」を手に取り、泡立てながら優しく洗っていく。この瞬間だけは、まるでペットサロンの職人にでもなった気分だ。クロは時折小さく鳴くが、逃げようとはしない。彼なりの覚悟が伝わってくる。

リビングからは、残りの猫たちの気配がする。茶トラのチャイは窓際で日向ぼっこをしているはずだ。白猫のユキは、いつものようにソファの背もたれで丸くなっているだろう。彼らはまだ、自分たちの順番が回ってくることを知らない。その無邪気な様子を想像すると、少しだけ罪悪感が芽生える。

クロを洗い終え、タオルで拭いていると、彼は不機嫌そうに耳を伏せた。ドライヤーの音を聞くと、さすがに身構えるが、それでも逃げ出すことはない。温風が当たると、濡れた毛が少しずつ乾いていく。その様子を見ていると、まるで縮んでいた綿菓子が元の大きさに戻るようで、なんとも微笑ましい。

次はチャイの番だ。彼は警戒心が強く、洗面所に連れて行くまでが一苦労である。ソファの下に潜り込んだり、カーテンの裏に隠れたりと、まるで忍者のように姿を消す。ようやく捕まえたときには、私の額にうっすらと汗が浮かんでいた。チャイは抱き上げられると、低い声で唸り始める。これは抗議の声だ。

洗面台に乗せると、チャイは四肢を踏ん張り、まるで磁石のように台にへばりつく。その力の入れ方が尋常ではなく、持ち上げようとすると爪が台に食い込む音がする。仕方なく、少しずつお湯をかけながら慣れさせることにした。最初は嫌がっていたチャイも、温かいお湯の心地よさに気づいたのか、次第に力が抜けていく。猫の体温は人間より高いので、少しぬるめのお湯が丁度いい。

シャンプーを泡立てると、部屋中に柑橘系の香りが広がる。この香りが好きで、猫を洗うたびに少しだけ癒される。チャイの茶色い毛並みは汚れが目立ちやすいが、洗うとその美しさが際立つ。泡をすすぎ、再び毛が滑らかになる瞬間が、この作業の中で最も好きな時間かもしれない。

ユキを洗う頃には、もう夕方の気配が漂い始めていた。窓の外では鳥の声が聞こえ、オレンジ色の光が部屋を染めている。ユキは三匹の中で最も小柄で、洗うのも比較的楽だ。だが、彼女は鳴き声が大きい。洗面台に乗せた瞬間から、まるでオペラ歌手のように高らかに鳴き始める。その声量には毎回驚かされる。

お湯をかけると、ユキの白い毛が透けて、ピンク色の肌が見える。こんなに小さな体で、よくあれだけの声が出せるものだと感心する。シャンプーを泡立て、優しく洗っていくと、ユキの鳴き声も次第に小さくなっていく。まるで諦めたかのように、静かに身を任せてくれる。

三匹を洗い終えた頃には、洗面所も私自身も、すっかり水浸しになっていた。床には猫の毛が散らばり、タオルは何枚も使い果たしている。だが、乾いた猫たちは皆、毛並みがふわふわで、触ると柔らかい。彼らは不満そうな顔をしながらも、体を舐めて毛繕いを始める。その姿を見ていると、苦労した甲斐があったと思える。

リビングに戻ると、三匹はそれぞれ好きな場所に散らばり、毛繕いに集中している。クロは窓際で、チャイはソファの上で、ユキはキャットタワーの頂上で。彼らのきれいになった姿を眺めながら、私は温かいお茶を淹れた。カップを手に取り、ひと息つく。猫たちと過ごす、泡まみれで賑やかな土曜日。それは疲れるけれど、どこか愛おしい時間だった。

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