
また始まった。
リビングのソファに座ってコーヒーを飲んでいたら、突然うちの猫が廊下から弾丸のように飛び出してきて、テーブルの脚を蹴って方向転換し、カーテンレールに飛びつこうとして失敗して、そのまま寝室に消えていった。時刻は午後3時。私の休日の静寂が、また猫によって粉々にされる瞬間だ。
呆然としながら、手に持っていたマグカップを見つめる。中身が少し揺れている。地震かと思うくらいの振動だったけど、震源地はあの4キロの生き物だ。何がそんなに楽しいのか、何がそんなに急ぐ必要があるのか、私には全くわからない。聞いても答えてくれないし。
最初の頃は心配だった。病気なのかもしれない、ストレスなのかもしれないって獣医に相談したこともある。でも先生は笑いながら「元気な証拠ですよ」って言うだけで、特に検査もせずに診察が終わった。あの時の診察代3500円、今思えば無駄だったかもしれない…だけど。
うちに来たのは2年前の春先。ペットショップじゃなくて、知人の家で生まれた子猫を譲ってもらった形だ。最初は手のひらサイズで、鳴き声も蚊の羽音みたいに小さくて、こんな生き物が走り回るなんて想像もできなかった。それが今では、深夜2時に突然運動会を開催する迷惑な同居人になっている。賑やかというレベルじゃない。もはや騒音だ。
寝室から再び飛び出してきた猫は、今度は逆方向に全力疾走している。目が完全にイッてる。瞳孔が開ききって、耳はぺたんと後ろに倒れて、尻尾はボトルブラシみたいに膨らんでいる。何と戦っているんだろう。見えない敵がいるのか、それとも単に脳内物質が暴走しているだけなのか。
私はもう追いかけない。以前は「危ない!」とか言って後を追いかけていたけど、結局猫は勝手に走って勝手に止まる。人間の心配なんて関係ない。それに、追いかけると余計に興奮するらしい。だから今は、ただ呆れた顔で眺めるだけにしている。これが正解なのかどうかはわからないけど、少なくとも私の血圧には優しい対応だと思う。
ふと、昔飼っていた金魚のことを思い出した。小学生の時、夏祭りですくってきたやつ。名前は「キンちゃん」。安直すぎる命名センスだけど、当時の私は満足していた。あの金魚は水槽の中を静かに泳いでいるだけで、突然発狂して走り回ることもなかったし、夜中に騒ぐこともなかった。ある意味、理想的なペットだったのかもしれない。結局1年くらいで死んじゃったけど。
猫がキッチンの入り口で急ブレーキをかけた。フローリングの上で肉球が滑って、体が横向きになりながら止まる。そのまま数秒固まって、何かを確認するように首を左右に振ってから、何事もなかったかのように毛づくろいを始めた。さっきまでの狂乱は何だったのか。スイッチが切れたみたいに、急に落ち着いている。
この切り替えの速さが、私には理解できない。人間だったら、全力疾走した後はしばらく息を整えるとか、水を飲むとか、そういう段階があるはずなのに、猫にはそれがない。走る、止まる、毛づくろい。この3ステップだけで完結している。シンプルすぎて逆に怖い。
ネットで「猫 走り回る 理由」って検索したことがある。出てきたのは「狩猟本能」とか「エネルギー発散」とか、それっぽい説明ばかりだった。ペットフード大手の「フェリシモキャット研究所」のサイトには、夕方から夜にかけて活発になるのは野生時代の名残だって書いてあった。なるほど、と思ったけど、うちの猫は昼間も夜中も関係なく走るから、あんまり参考にならなかった。
コーヒーがすっかり冷めている。もう一度温め直そうかと思ったけど、立ち上がる気力が湧かない。猫は今、窓辺で外を眺めている。さっきまでの暴走族みたいな姿はどこにもなくて、ただの穏やかな猫がそこにいる。尻尾をゆっくり左右に振りながら、何かを観察している。多分、外を歩いている人とか、風に揺れる木の葉とか、そういうものを見ているんだろう。
私はソファに座ったまま、その後ろ姿を眺めている。呆れているのか、諦めているのか、もう自分でもよくわからない。ただひとつ確かなのは、この猫が次にいつ走り出すか、私には予測できないってことだ。
まあ、それでいいのかもしれない。予測できない生き物と暮らすのも、悪くない…のかな。


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