
朝の6時半、私は床に散乱した観葉植物の土を見つめていた。
うちの猫が賑やかになったのは、たぶん先月あたりからだと思う。最初は「若いからかな」なんて呑気に構えていたんだけど、もうそういう次元じゃない。昨日も夜中の3時に突然ダッシュを始めて、キッチンからリビング、廊下を経由して寝室まで、まるでサーキットみたいに何周も駆け抜けていった。その度にドタドタという足音と、途中で何かが倒れる音。私はもう、布団の中で目を開けたまま天井を見上げることしかできなくて。
走り回る理由なんて、きっと本人にもわかってないんだろうな。
で、今朝。起きてリビングに行ったら、テーブルの上にあったはずの小物入れが床に落ちていて、中身が全部バラバラ。ヘアゴムとかクリップとか、小銭とか。それだけならまだいい。問題は観葉植物だった。鉢ごとひっくり返っていて、土が絨毯の上に盛大にこぼれている。その真ん中で、猫はすやすや寝てるわけ。しかも土まみれの前足を顔の下に入れて、幸せそうに。
私は呆然としてその光景を見つめた。怒る気力も湧かない。ただ、「ああ、これが現実なんだな」っていう諦めみたいなものが、静かに心に広がっていく感じ。
そういえば前に飼ってたハムスターは、こんなに動き回らなかったな。回し車でひたすらカラカラ走ってるだけで、部屋中を暴れ回ったりしなかった。ハムスターの名前、なんだっけ。ポチ…じゃなくて、チロだ。チロは夜行性だったけど、静かだった。ケージの中で完結していた。猫は違う。家全体が彼の遊び場で、私の生活空間は彼にとってアスレチック施設みたいなもんなんだろう。
掃除機をかけながら、ふと「猫用の運動不足解消グッズ」みたいなのを買うべきかと考えた。キャットタワーはもうある。回し車の猫版みたいなやつ、あるのかな。調べたら「キャットホイール」っていう商品があるらしい。でも値段を見て即座に閉じた。3万円とか、無理。
猫は相変わらず寝ている。私が掃除機の音を立てていても、全く起きる気配がない。耳だけピクピク動いてるから、聞こえてはいるんだろうけど。土まみれの足、あとで拭かないとな…と思いつつ、掃除機を止めて台所に向かった。
コーヒーを淹れる。ドリップの香りが部屋に広がって、少しだけ気持ちが落ち着く。窓の外はまだ薄暗くて、街灯の光が残っている。この時間帯の静けさ、嫌いじゃない。猫が起きてない今だけが、私の時間って感じがする。
マグカップを両手で持って、ソファに座る。目の前では猫がまだ寝てる。さっきまであんなに暴れてたのに、今は天使みたいな顔して。こういう瞬間だけ見てたら、「ああ、可愛いな」って思えるんだけど。
友達に愚痴ったら「それが猫だよ」って笑われた。「犬みたいに従順じゃないから面白いんじゃん」って。面白い…のかな、これ。私にはまだわからない。ただ毎日呆れてるだけな気がする。
呆れる、っていう感情も不思議だよね。怒りとも違うし、悲しみとも違う。ただ「なんでそうなるの」っていう、脱力した驚きみたいな。猫を見てると、一日に何回もその感情を味わう。朝起きたら何かが壊れてて呆れる。仕事から帰ったらカーテンに爪を立ててて呆れる。夜中に走り回って呆れる。
でも不思議と、手放そうとは思わないんだよな。
猫が目を覚ました。ゆっくり伸びをして、あくびをして、それから私の方を見た。「ニャー」って一声鳴いて、トコトコとこっちに歩いてくる。土まみれの足で。
「ちょっと待って、足拭くから」
そう言っても聞くわけがない。猫は私の膝に飛び乗ってきて、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。コーヒーが少しこぼれた。ズボンに土がつく。
私はため息をついて、猫の頭を撫でた。柔らかい毛の感触。温かい体温。ゴロゴロという振動が、手のひらから伝わってくる。
明日もきっと、何かが壊れてるんだろうな。

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