
うちの猫が窓際に座って、雨を見ている。
この光景を初めて見たのは、確か引っ越してきた年の梅雨時だったと思う。朝起きたら窓の外は灰色で、雨が降っていて、気づいたらあいつが窓枠に前足をかけて、じーっと外を見つめていた。何を考えているのかなんて、わかるはずもないんだけど。窓ガラスに鼻先がくっつきそうなくらい近づいて、ときどき耳だけがぴくっと動く。雨粒が窓を叩く音に反応しているのか、それとも外を歩く人の足音に気づいているのか。私も隣に座って、同じ景色を見てみる。
別に特別な景色じゃない。マンションの駐車場と、その向こうに見える道路と、濡れた歩道。誰かが傘をさして急ぎ足で通り過ぎていく。車が水たまりを踏んで、小さな水しぶきをあげる。ただそれだけの光景なのに、猫はずっと見ている。飽きないのかな、と思うけど、たぶん私たちが思う「飽きる」っていう概念自体が、猫にはないのかもしれない。
この間、友達に「猫と一緒に雨を見るのが好きなんだよね」って話したら、「それ、猫は別に一緒に見てるつもりないでしょ」って笑われた。まあ、そうかもしれない。
雨の匂いが窓の隙間から入ってくる。湿った土とアスファルトの匂い。猫の毛並みからは、なんとなく温かい匂いがする。日向ぼっこをしたあとみたいな、布団を干したあとみたいな。私の膝の上に乗ってくるわけでもなく、ただ隣にいる。この距離感がちょうどいい。
前に飼っていた猫は、もっとべったりするタイプだった。膝の上に乗ってきて、顔を擦りつけてきて、かまってほしいアピールが激しかった。それはそれで可愛かったんだけど、今の猫のこの「一緒にいるけど、別に干渉しない」感じが、なんだか心地いい。雨の日の午後って、妙に時間の流れが遅く感じる。やらなきゃいけないことがあっても、「まあ、雨だし」って言い訳ができる。
そういえば、この前スーパーで見かけた「ネコトモキャット」っていう猫用のおやつを買ってみたんだけど、全然食べなくて笑った。パッケージには「猫が夢中になる味」とか書いてあったのに、一口舐めただけで、プイッとどっか行っちゃった。結局、いつものカリカリしか食べない。猫の好みって、ほんとよくわからない。
窓の外では、雨脚が少し強くなってきた。猫の耳がまたぴくっと動く。尻尾の先だけが、ゆっくりと左右に揺れている。何かを狙っているときの動きだ。でも、窓の外には何もいない。ただ雨が降っているだけ。もしかしたら、雨粒そのものを見ているのかもしれない。落ちてくる水の粒を、ひとつひとつ目で追っているのかもしれない。
私も子供の頃、雨粒を数えようとしたことがある。窓ガラスを伝って落ちる雫を、「いち、に、さん」って数えていた。もちろん、すぐに分からなくなって諦めたけど。猫も同じことをしているのかな、なんて考えると、ちょっと笑える。
外を歩く人が、また一人。今度は犬を連れている。レインコートを着た小さな犬。猫の視線が、その犬を追う。でも、吠えるわけでも、威嚇するわけでもない。ただ、見ているだけ。犬が視界から消えると、また雨を見る。
こうやって何もしない時間が、最近は贅沢に感じる。スマホも触らず、テレビもつけず、ただ窓の外を見ている。猫の呼吸の音が、かすかに聞こえる。雨の音と、遠くで車が走る音と、猫の呼吸。それだけ。
夕方になると、雨はまだ降り続いていた。空が少しずつ暗くなっていく。猫はまだ、窓際にいる。私もまだ、隣にいる。
明日も雨だったら、またこうして座るんだろう。猫が窓際に行ったら、私も隣に座る。それだけのこと。特に意味なんてないし、何かが変わるわけでもない。ただ、雨を見る。
猫が何を考えているのか、結局わからないまま。それでいいと思う。

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