
ページをめくろうとした瞬間、視界が灰色の毛玉で埋まった。
うちの猫は私が本を開くと必ず邪魔をしてくる。ソファに座ってページを開いた途端、どこからともなく現れて本の真ん中にどっかりと座り込む。しかも絶妙なタイミングで。クライマックスシーンの直前とか、犯人が明かされる一歩手前とか、そういう「ここだけは邪魔しないでくれ」っていう場面を狙い撃ちしてくる才能がある。偶然じゃない気がする。
最初の頃は優しく脇にどかしてたんだけど、そうすると今度は肩に乗ってくる。肩がだめなら膝。膝がだめなら本と顔の間に割り込んでくる。要するにどこでもいいから視界に入りたいらしい。で、私が根負けして本を閉じると、満足そうに喉を鳴らしながら丸くなる。その顔が本当にむかつくほど可愛い。
読書の邪魔をされるのって、考えてみれば贅沢な悩みかもしれない。誰かに必要とされてるわけだから。たとえそれが人間じゃなくて、朝4時に私の鼻を舐めて起こしてくる生き物だったとしても。
去年の秋、夜中の2時くらいに推理小説を読んでた時のことを思い出す。部屋の明かりを落として、スタンドライトだけつけて、コーヒーの湯気が立ち上る中で読む深夜の読書が好きなんだけど、その日もいつものように集中してた。犯人が誰なのか、もう少しで分かりそうなところだった。ページをめくる音だけが静かな部屋に響いて、外からは秋の虫の声が聞こえてきて、完璧な読書環境だった…んだけど。
突然、本の上に前足がドンと置かれた。見上げると、私の猫が「何読んでんの?」みたいな顔でこっちを見てる。いや、お前には関係ないだろって思ったけど、その目がキラキラしてて、どうやら本気で気になってるらしい。仕方なく本を閉じて撫でてやったら、ゴロゴロ言いながら私の腕の中に収まった。結局その夜は犯人が分からないまま寝ることになった。翌朝読んだら、犯人は意外な人物だったんだけど、なんというか、あの夜中の中断も含めて思い出になってる。
猫って不思議で、本を読んでる時だけじゃなくて、スマホをいじってる時も邪魔してくる。でもパソコンで仕事してる時はあまり来ない。何が違うんだろう。もしかして、リラックスしてる時を見計らってるのかもしれない。「今なら遊んでもらえそう」っていう嗅覚があるんじゃないかと思ってる。
そういえば前に友達が「猫は飼い主が本を読んでる時、本に嫉妬してるんだよ」って言ってた。本という物体に私の注意が向いてるのが気に入らないらしい。確かにそうかもしれない。私が本に夢中になってる間、猫は完全に無視されてるわけだから。普段は好き勝手に寝てるくせに、こっちが何かに集中してると急に構ってちゃんになる。人間の子どもみたい…というか、人間の子どもより計算高い気がする。
ある日曜日の午後、図書館で借りてきた本を読もうとしてた。春先の暖かい日差しが窓から差し込んで、猫も日向ぼっこしながら寝てたから、今日は邪魔されないかもって期待してたんだけど、甘かった。本を開いて5分もしないうちに、猫が起き上がってこっちに歩いてきた。そして何を思ったのか、本の上にお尻を向けて座った。完全に背中を向けて。「読みたきゃ読めば?でも私もここにいるから」みたいな態度。その図々しさに笑ってしまって、結局その日も読書は進まなかった。
本屋で新しい本を買ってくると、猫は必ず匂いを嗅ぎに来る。紙とインクの匂いが気になるのか、それとも外の世界の匂いがするのか分からないけど、クンクン嗅いでから満足そうに去っていく。でもいざ読み始めると、やっぱり邪魔しに来る。矛盾してる。
最近気づいたんだけど、猫が邪魔してくる本とそうでない本がある。小説は高確率で邪魔される。ビジネス書はあまり邪魔されない。もしかして本の種類が分かってるのか?それとも私の読む時の姿勢や表情で判断してるのか?謎は深まるばかり。
読書家の友人に相談したら、「猫用のダミー本を置いとけば?」って言われた。ブックカバーをつけた適当な雑誌を自分の隣に置いておいて、猫が来たらそっちに誘導するという作戦。試してみたけど、うちの猫には通用しなかった。ダミー本には見向きもせず、私が読んでる本にまっしぐら。やっぱり私の注意を引きたいだけなんだと思う。
今も膝の上で丸くなってる猫を見ながら、開いたままの本がテーブルの上で待ってる。続きが気になるんだけど、この温かさと重みを動かす気にはなれなくて。読書は明日でもできる…たぶん。


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