
また始まった。時計を見ると午前5時12分。
窓の外はまだ薄暗くて、布団の中が一番気持ちいい時間帯なのに、うちの猫は全力疾走している。廊下をドタドタと走る音、リビングのカーテンレールに飛び乗る音、そして謎の「ニャオオオ」という雄叫び。賑やかすぎる。近所迷惑を心配しながら、私はただ呆然とその姿を見つめるしかない。何がそんなに楽しいのか、本人に聞いてみたいけれど、聞いたところで答えてくれるわけもなく。
この子を引き取ったのは去年の秋だった。ペットショップの片隅で、ガラス越しにこちらをじっと見つめていた茶トラの子猫。「大人しそうだな」と思ったのが運の尽きで、家に連れて帰った初日の夜から全開だった。ティッシュ箱は破壊されるし、観葉植物の土は掘り返されるし、私の足首は格好の獲物として狙われ続けた。動物病院の先生には「元気があっていいですね」と言われたけれど、元気にも程度というものがあると思う。
走り回る理由について、ネットで調べたことがある。「夜明けと夕暮れに活動的になる」「狩猟本能が刺激される」「運動不足の解消」とか、それらしい説明は出てくるんだけど、結局のところ「猫だから」という結論に落ち着く。納得できるような、できないような…だけど。
そういえば前に友人が遊びに来たとき、この早朝運動会を目撃して「サーカスみたい」と笑っていた。確かにそうかもしれない。キャットタワーの最上段から飛び降りて、そのままソファの背もたれに着地し、クッションを蹴り飛ばしながら床に降りる。一連の動きが流れるようで、まるで何かの演目を見ているみたいだ。ただ、観客である私は眠いし、拍手する気力もない。
最近買ったおもちゃは「キャットニップ入りネズミ型ぬいぐるみ」というやつで、商品名が「ミスターチェイサー」という謎のカタカナだった。これで疲れて寝てくれるかと期待したんだけど、初日に5分くらい遊んだだけで、今は部屋の隅に転がっている。代わりに夢中になっているのが、なぜかビニール袋。スーパーでもらった薄いやつを、シャカシャカ音を立てながら追いかけ回している。高かったおもちゃは何だったのか。
今も目の前で、テーブルの上に置いておいたボールペンを床に落として、それを追いかけている。ボールペンが転がる音、猫の肉球が床を叩く音、そして興奮した鳴き声。この空間だけ異様にテンションが高い。私はベッドの端に座って、ぼんやりとその様子を眺めている。止めようとは思わない。止められないというのが正しいかもしれないけれど、どこか諦めに似た感情と、「まあ、元気でいいか」という妙な納得が混ざり合っている。
呆れるという感情は不思議なもので、怒りとも違うし、困惑とも少し違う。どちらかというと、予想外の展開に対する脱力に近い気がする。猫を飼う前は「癒し」とか「穏やかな時間」とか、そういうイメージを持っていたんだけど、現実はもっと騒がしくて、予測不可能で、そして確かに飽きない。癒されているのかと問われたら微妙だけれど、退屈はしていない。
ふと気づくと、猫が私の足元に座っていた。さっきまでの狂乱が嘘みたいに、静かにこちらを見上げている。大きな瞳に部屋の薄明かりが映り込んで、少しだけ神秘的に見える瞬間。「もう終わり?」と声をかけると、喉を鳴らしながら私の膝に飛び乗ってきた。温かい。重い。そしてすぐに丸くなって、目を閉じ始める。
結局、この子のペースに巻き込まれているだけなのかもしれない。朝5時に起こされて、呆然と運動会を見届けて、最後は膝の上で寝られる。文句を言いながらも受け入れてしまう自分がいて、それが猫との暮らしなんだろうなと思う。
外が明るくなり始めている。今日も仕事があるのに、あと何時間寝られるだろう。膝の上の猫は完全に夢の中で、時々ヒゲがピクピク動いている。起こすのも可哀想だし、このまま少しだけ…いや、かなり眠いな。

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