
また始まった。
深夜3時、布団の中で目が覚めると、リビングから聞こえてくるドタドタという音。最初は泥棒かと思って心臓が止まりそうになったんだけど、すぐに正体がわかる。うちの猫、マロンだ。生後8ヶ月のキジトラで、昼間はソファで丸くなって寝ているくせに、夜になると突然スイッチが入る。それも決まって私が一番眠い時間帯に。
マロンの走り方には法則性がない。キッチンからリビング、廊下を抜けて寝室のドアにぶつかり、また戻っていく。何周も何周も。途中で急ブレーキをかけるから、フローリングで滑って壁にゴンってぶつかる音も聞こえる。痛くないのかな、あれ。私はベッドの端に座って、暗闇の中で目を凝らしながら、その影を追いかけている。呆然と。本当に呆然と。
止める気力もない。というか、止められない。一度追いかけたことがあるんだけど、逆に興奮して余計に走り回るようになった。猫って、こっちが本気で困ってる時ほど楽しそうな顔をする。あの、耳をピンと立てて、瞳孔が開ききった顔。「遊ぼうよ!」って言ってるみたいで、こっちは明日朝8時から会議なのに、とか思いながら見てるわけ。
前に猫を飼ってる友達に相談したら、「それ、猫あるあるだよ」って笑われた。夜行性の名残らしい。野生の猫は夜に狩りをするから、家猫もその本能で夜に活発になるんだって。理屈はわかる。わかるんだけど、理解と納得は別物だよね。私の睡眠時間を削ってまで走り回る必要ある?って問いかけても、マロンは答えてくれない。当たり前だけど。
そういえば、中学生の頃に飼ってたハムスターも夜中に回し車をカラカラ回してたな。あれも相当うるさくて、結局リビングにケージを移動させた記憶がある。夜行性の生き物と暮らすって、こういうことなんだろうか。
マロンが一瞬止まった。息を整えているのか、じっとこっちを見ている。私も見返す。暗闇の中で、猫の目だけが光ってる。緑色に近い、不思議な光。数秒間の静寂。もしかして終わり?って期待した瞬間、マロンは再び走り出した。今度は謎のジャンプを織り交ぜながら。何と戦ってるんだ、お前は。
隣の部屋に住んでる人に迷惑じゃないかって心配になる。一応、マンションの規約でペット可だから飼ってるんだけど、こんな時間に走り回る音が響いてたら苦情が来てもおかしくない。でも今のところ何も言われてないから、壁が厚いのか、隣人が優しいのか、それとも単に我慢してくれてるのか。引っ越しの挨拶の時に「猫を飼ってます」って伝えたら、「私も猫好きなんです」って言ってくれたから、きっと大丈夫…だと信じたい。
時計を見ると3時40分。マロンの運動会は大体1時間くらい続く。つまり、あと20分は付き合わされる計算になる。私は諦めて、キッチンに向かう。どうせ眠れないなら、温かいものでも飲もうかと思って。冷蔵庫を開けると、昨日買ったミルクティーのパックが目に入った。カフェインあるけど、もういいや。レンジで温めて、マグカップに注ぐ。甘い匂いが鼻をくすぐる。
リビングに戻ると、マロンはソファの背もたれに登っていた。そこから飛び降りて、また走る。エンドレス。私はマグカップを両手で持ちながら、ソファに座って観客になることにした。呆れるというより、もう何も感じない境地に達している。これが悟りってやつかもしれない。
ふと、マロンを引き取った日のことを思い出す。保護猫カフェで出会って、膝の上に乗ってきたあの子を見た瞬間、「この子だ」って思った。店員さんが「この子は少し活発ですよ」って言ってたけど、まさかここまでとは。活発の定義、人によって違いすぎる。
4時を過ぎた頃、マロンの動きがゆっくりになってきた。ペースが落ちて、走るというより歩くに近い。そして最終的に、私の足元にやってきて、ゴロンと横になった。荒い息をしながら、満足そうな顔でこっちを見上げてくる。「疲れた?」って聞いたら、小さく鳴いた。
私はマロンの頭を撫でる。柔らかい毛並み。少し汗ばんでる気がする。猫も汗かくんだっけ?よく知らないけど。マロンは目を細めて、喉をゴロゴロ鳴らし始めた。さっきまであんなに賑やかだったのに、今はこんなに静か。
結局、また明日も同じことが起きるんだろうな。明後日も。来週も。
それでも、まあ、いいか。


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